このページは、現在すたれつつある8mmフィルムやその機材、および製作技術を後世にまで残すべく立ち上げた記録媒体です


by 宮澤英夫
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「8mm技術保存研究所」はじめます

「8mm技術保存研究所」開所の辞

 みなさん、ごきげんよう。
 私は当ブログ、「8mm技術保存研究所」を開設した管理人、宮澤英夫です。
 ここをご覧になる方の多くは、すでに8ミリについてある程度のことをご存知かと思いますので、初心者に対してなされるべき説明は、まずここでは割愛させていただきます。
 さて、私がこの研究所を立ち上げた目的は、看板にもあるとおり8ミリフィルム技術の保存です。
 ご存知のように、8ミリフィルムは現在、まさに存亡の危機にあります。
 国内唯一の現行8ミリフィルムメーカー、富士フィルムは二年後にシングル8の生産を完全終了、現像も平成二十五年をもって中止する、という事態になっています。そして皮肉にも、二十年ほど前に国内撤退で騒がれたコダックのスーパー8は現在、海外ユーザーが日本よりは少なくないことから本国で体制が継続中、首の皮一枚でつながっているという状態です。
 一部の非大手メーカーで細々とフィルムの製造、現像がなされているという例もありますが、いずれにせよ日本において8ミリフィルムというメディアは、早晩すたれていく運命にあります。
 かく言う私もかつては8ミリフィルムのヘビーユーザーでしたが、社会人になって8ミリを活用できる場もヒマもなく、仕事で映像を撮る手段もビデオカメラに移行し、編集はパソコン上で処理を行っている有り様です。
 しかしながら、8ミリフィルムを過去の遺物だと打ち捨てるには記録媒体としてあまりに魅力的で、表現力においてもビデオに劣るとは思えず、むしろ8ミリ独特の味というものがその内に存在しているように見え、単純にビデオと比較するのは間違っている、つまりビデオへ移行する過渡期の一形態として見殺しにするには惜しい、と長らく思っていました。
 そこへ、一昨年より不穏な動きが8ミリ業界において見られ、果ては生産現像打ち切りのふち目に立たされ、このままでは社会的に、8ミリフィルムが存在していたことすら忘却の彼方へ押しやられてしまうかもしれない、そういう危惧を私は抱きました。
 そこで、いまだ8ミリをこよなく愛する私がここで立ち上がり、この技術を何らかの形で後世に継承せねばなるまい、と思い至ったのです。
 もちろん他にも8ミリ愛好家はあまた存在し、それらの方々が集って8ミリのともしびを守るための活動が、特に東京を中心になされていることは重々承知しており、彼らと連携を執ることも当然考えています。
 ただ、かつて発行されていた8ミリ専門雑誌「小型映画」のバックナンバーを見ると、中央のメーカーや有力者、有力グループばかりが8ミリを支えていたのでなく、全国津々浦々に存在した多くのアマチュア8ミリ愛好家たちがその土台を築き、縁の下で母屋を守っていたようです。
 そこで私もその下支えとなるべく、微力ながらこの研究所を立ち上げた次第です。
 今回は私の決意表明ということで、具体的な活動予定については次回以降に紹介いたします。
 さしあたって、私と同じく8ミリの息吹を守ろうと考えていらっしゃる方は、こんなのが九州の片田舎から発信しようとしている、と心に留めておいてください。
 そしてこのブログを、ブラウザの「お気に入り」に入れていただければ、まことに幸いです。
 なお、私自身の8ミリ活動歴は、「宮澤英夫WEBサイト」内の「宮澤英夫フィルモグラフィー」においてご覧いただけます。
 補足しておくと、8ミリ技術の保存と申したところで、私自身で8ミリフィルム自体の生産・現像を成し遂げよう、などと考えているのではありません。事実上、ケミカルな知識も技術も、そして元手も持たない私にそんな所業は不可能です。
 どちらかというと、私が保持している、8ミリフィルムを用いて作品を製作する技術、そして作品を作ろうという意志、根性、そのようなスピリッツも併せて継承しよう、と目論んでいる次第です。
 これをもって開所の辞となし、続きはまた近日中に更新いたします。
 その段にはもっと具体的なことが表わされているはずですので、いましばらくお待ちください。

管理人 宮澤英夫


by 8mmhozon | 2010-04-26 00:46 | 開所の辞